第五回 最後の、最初の三ヶ月 |
入社してすぐの頃というのはおそらく生涯のうちでもっとも劇的な生活環境の変化となるに違いありません。目に見える環境だけでなく精神的にもかなりの変化を求められるのがこの時期です。最初の三ヶ月というのははっきり言って、そうした変化をストレスと感じてしまうのがぼくたちの習い性である以上は地獄のような日々です。 ましてや大学生活最後の春休みから一転して毎朝決まった時間に起きて、決まった時間までにデスクにいなければならないということが信じられませんでした。どうしてどうして、この建物のこの場所に毎日決まった時間に人々が集まってくるのか、何が人をそうさせるのか、全く理解できませんでした。 わけのわからない会議に出席すればうつらうつらし(あとで叱られ)、たまに寝坊すれば自力で起きられない自分に対する不信感が募ります。 しばらく吸っていなかったタバコに再び手を出し、それが6ミリになり8ミリになり10ミリになったとき「さすがにもう後戻りはできないな……」と一人寂しい思いをする。 残業だらけの毎日に夜食べるものといえばコンビニ弁当か牛丼。体重は日に日に増し、産業医に「夜遅くにがっつり食べると良くないですよ」なんて言われたところで現状が変わるすべもありません。 それが社会人というもの。 と、あなたは涼しい顔をして言えますか? それとも好きな仕事だからとか、とりあえず車買いたいからとか、なんの根拠もなく三年目までは我慢するときだからとか、いろいろな言い訳を編み出しますか? もちろん経済的にそれまで(アルバイト程度の稼ぎはあるでしょうが)独立していなかったあなたが自分で稼いだお金で家賃を払い電気代を払いガス代を払う。残ったお金でおいしいものを食べ、図書館でしか読めなかった文学全集を部屋にそろえ、欲しかったパソコンを買ってきてこうして文章を打つ。そのことの意義は大きいでしょう。恋人がいれば結婚を意識し始めるかもしれません。 一方で実家を出れば掃除洗濯は自分でやらなければならないし、望まない配属地によって遠距離恋愛になるかもしれません(しかも先のことは全く予想できない!)。学生時代のような友達は職場ではなかなかできません(だからこそ同期を大事にしろと何度も言われます)、かといって学生時代の友達とはだんだん疎遠になっていく。Out of sight,out of mind.去る者は日々に疎し。そのことの真実をあなたは噛みしめもするかもしれません。 それが、社会人というもの。 もう一度、問います。あなたはそんな時、たとえば昨日の夜に飲んだビールの缶が転がる部屋の窓を開けて、どんより曇った梅雨空に向かってそんな風につぶやくのですか? それでもやがて職場での自分の居場所、立ち位置、スタイル、そういったものを獲得することになるでしょう。会社という場所の原動力が人間関係である以上、あなたの仕事はあなたの人間関係を規定し、それは同時にあなたの(会社での)存在価値を規定します。そのことに安心する日はすぐ近くまで迫っています。 最初の三ヶ月。それは、最後の三ヶ月でもあります。その間に考えたことは、きっとこれから長く続いて行くであろう会社生活の礎となります。だからこそ安易に流されず、とどまることもそろそろ覚え、まだ時間的に余裕にあるうちにいろいろなことを考えて欲しいと思います。 ──どんな気持ちでやっても結果は同じなのかもしれない。ただ、いまのぼくにとっては「どんな気持ちで」仕事に取り組めばいいのかまだよくわからないっていうこと。感情人間なので気が乗ればするするといくんだけど、本当に 今は会社の駐車場からロッカーに行く道々で吐き気を感じ、また日曜日の太陽が死んでいくのがこの世の終わりのように錯覚する。 当時の僕の日記からの抜粋です。 |
荘司 和良
1982年生まれ。東京都出身。
2005年、東京大学文学部卒業。
現在会社員。
「就職活動は人生の縮図。人と人とが出会い、別れる。それが濃密な速度で繰り返される。そんな日々はめったにあるものではないように思います。だからそう、あなたがもしも自分の人生に飽き足り無さを感じているのだったら、就職活動はものすごいチャンスのはず」